とむとむのどーでも良い日々

日々の出来事をそこはかとなく書き綴る日記です

ジーンズを購入(多分ユニクロで三度目)

ジーンズを購入しました。ユニクロで(笑)。このブログ内だと前回書いた記事(

ジーンズ購入 - とむとむのどーでも良い日々

)以外に見当たりませんが、おそらく三度目です。何故ならすでにユニクロのジーンズを2本持っていて、3本目になるからです。

前回記事で購入したのは多分32インチ。おそらくその後に33インチを購入してます。ずっとこの33インチを穿いていたのですが、これがサイズゆるゆるになり、落ちるようになってしまいました。32インチは残してあったので、32インチに切り替え。これも8月には落ちるようになり、随分昔に購入したジーンズ(サイズメーカーともに不明)があった(脳梗塞退院時には穿けなかった)ので、それで行けてました。このジーンズは前回記事にあった物かは不明。おそらく30年くらい前に購入した物なんですが、股下にやや穴があります。なので、新調することになりました。

約2か月振りにラゾーナのユニクロへ。サイズ不明だったので、30インチと31インチの2本持って試着。なんと30インチでゆるい。で、29インチを持ってきたのですが、これでも少し余裕がある状態でビックリしました。でも体重維持を指定されていたため(実は更に痩せてしまったので少し戻した)29インチを購入しました。いやぁ、まさか4インチも下がるとは。33インチ穿いていた時の最大体重84kg。現在63kg。20kg以上痩せてますからね。退院時が76kg。そこからでも13kg痩せてます。これ以上痩せるなと医者に言われたのが66kg。一番痩せちゃってたのが62kg。うーん、体重変動が激しい。

まぁ、これで直近まで穿いていたジーンズはお役御免です。新しいジーンズで穴も気にせずずり落ちも気にせずでニッコリ。ですが、今度は下着が問題に。ちょっと古い下着が軒並みずり落ちます(笑)。下着も一新しないといけないかも。比較的最近購入した物もゆるいです。痩せるときは腹が一番最後と良く聞きますが、自分は太るときも痩せるときも全体的です。この年齢になってもそうだとは思っていませんでしたけど。まあ、有難いことではあるので、下着も新調するしかなさそうです。

んで、裾上げ待ち時間に漫画購入しようと思ったら、丸善閉店してる…。それどころか郵便局も無くなってて面喰いました。契約満了とか施設更新のためとかで、滅茶苦茶いろんな店が閉まってました。これは困るなぁ…。

そんなわけで、生存と近況報告でした。

脳梗塞発症から半年

脳梗塞発症から丁度半年(正確には再発なので微妙)です。生存報告を兼ねてつらつらと書いていきます。

まず現状ですが、概ね順調だと思っています。最大の問題とされた血圧は、上も下も入院時の最大値の半分まで下がる日も多いくらいで、高血圧状態から脱しています。薬と体重減少のお陰かと。その体重は、入院当初から較べて10kg以上痩せました。これは食べる物と食べる量をかなり調整しました。大体1か月2kgのペース。自分で思い描いていたペース通りです。ただ、前回脳神経内に通院した際、先生から「これ以上痩せるな」と言われて困惑しました。後で調べたところ、脳梗塞患者は肥満気味以上の方が予後が良いというデータがあるそうで。というわけで、今は量を調整中です。

最初は塩分に着目して、ほとんどパン類を食べなくなりました。麺類もそばうどんは激減。パスタは味付けと量に注意して今まで通りという感じです。肉もほとんど食べてないです。動物性たんぱく質は玉子牛乳魚がメインで、時々補助でプロテインですね。植物性たんぱく質は大豆製品がメインです。海苔の消費量が爆増しました。海苔食べると血圧に大きく影響が出たからです。なお、塩分は極端に減らすと低ナトリウム血症という状態に陥ります。以前(8年くらい前?)風邪で食欲が減退してやたらと体がつる状態になったことを書きましたが、これが低ナトリウム血症ですね。なので、最低必要量を調べ(1.5g~2.5gらしい)て、不足していると思ったときはアジシオ舐めたりしています(笑)。

次に糖分(糖質ではなく要は砂糖)に着目。血管年齢対策です。こちらは主に飲み物で、コーヒー紅茶に入れる砂糖の量は従来の半分以下にしました。まぁ、元々そんなに飲む頻度は高くないのですが。これらを調べていくうちに行きついたのが、カフェインを含みつつ無糖で飲みやすい物。緑茶です。何故かうちには急須(昔からのタイプではない猫をあしらったカワイイ感じのもの)があり、プリン用に購入した耐熱ガラスのコップがあるので、お誂え向き。というわけで、何年振りかわからない緑茶を購入して飲み始めたのですが、めちゅくちゃ旨く感じます。今一番嵌っている飲み物かも。いずれもカフェインを含んでいるため、基本的には毎日は飲まず飲むときは夕方までにしています。また利尿効果も高いので、普段の水分補給は浄水ポット浄水したで常温の水道水です。ただ、6月頃から常温の水がきつくなってきたので、今は麦茶も並行して飲んでます。

リハビリは半年までが勝負らしいです。つまりもうあまり改善する見込みがないということです。右手の痛いくらいの痺れはもうこれが日常になるということ。今は当初よりは使えますが、これも改善しているのか単に慣れただけなのかわかりません。筋力も完全には戻ってませんね。相変わらず左手の方が強いと思われます。まぁ、そんなに日常生活には問題は無いので良しとするしかありません。

当初はゲームもまともに遊べなかったわけですが、リハビリと称して遊んだゲームを紹介。まずは、ぽこあポケモン。退院して2週間後くらいに発売されたドラクエビルダーズ2の製作スタッフがかかわっている作品で、元々期待していたヤツです。当時は遊べるか不安だったのですが、これもリハビリの投資だと思って購入しました。当初はちょっと右手の違和感に苦痛を感じてプレイしてましたが、いつの間にかある程度慣れました。エンディングまでプレイし、ビルダーズ2の方が楽しいと思って次に楽しんだのがビルダーズ2です。こちらも新規で始めてクリアまでして、コントローラーによるゲームプレイは(忙しいゲームでなければ)問題ないと感じました。

続いて、難関だったキーボードとマウスに挑戦するために遊んだのは、DrainSimです。これは大雨によって洪水が発生した街のあらゆる場所を一人の男(プレイヤー)が勝手に解消していくゲームです(笑)。ちょっとプレイ感がPowerWashSimuratorに似ているゲーム。確かまだアーリーアクセス版だったかと思います。若干操作性に不満を持ちましたが、かなり楽しめました。当初プレイしてから2か所プレイエリアが増えており、更新もされています。コントローラープレイもできますが、視点移動の上下反転をマウスとコントローラーで分けられないのと、そもそも主にマウスのリハビリ目的のため、キーボードとマウスでプレイしました。マウスにある程度慣れたのはこのゲームのお陰だと思います。ただ、PowerWashSimuratorほどのマップは無いため、そんなにプレイ時間は稼げませんでした。

次にキーボードマウスに慣れるために選んだのは、The Planet Crafter(ゲーム中には冠詞のTheの表記は見当たらないけどショートカットアイコンやゲーム紹介とうにはTheが付いているのでどちらが正しいのかわからない)というゲーム。人が住めない惑星を住めるようにする、所謂テラフォーミングを目的としたオープンワールドサバイバルクラフトゲームです。どハマりしました。めちゃくちゃ楽しみました。DLCも購入しました(笑)。マウスもほとんど問題がなくなりました。相変わらず痺れによる苦痛はあるのですが、ゲームにハマってれば気にならなくなる程度に(笑)。これをプレイして、「ヨシ、脳梗塞の報告書いてみるか」という気になった程度にはリハビリに貢献しています。

現在は7月10日に正式版がリリースされたパルワールドをQuest3をHMDとして活用してコントローラーでプレイしています。暑くなったからクーラー使える寝室でプレイしたいですからね。やっぱりオープンワールドサバイバルクラフト系ゲームが自分の性に合うようです。楽しいです。

てなわけで、暫く音沙汰なかった自分ですが、まだ生きてます。10年以内の再発率が50%らしく(すでに自分は2回目ですが)、おそらく次の再発時には命に係わる状況になると思われます。一度再発している以上、なるべく再発しないように努力はしているつもりで、現状は少なくとも悪い状態ではないと思っています。この状態をより改善か、少なくとも維持していきたいと思っています。

 

脳梗塞 退院と現在

SCU(脳卒中集中治療室)から脱出したのは12日目か13日目です。事前に「次の患者さんが来たら一般病棟の大部屋移動第一候補です」と言われていたので、ついにという感じでしたが、大部屋が開いておらず、追加料金無しで個室に移動となりました。

この個室、すんごいの。茶とグレーでシックにまとめられた内装、洗面台トイレシャワー室があり、ソファと絵画まであって、むっちゃ豪華でした。まぁ、トイレとシャワーは使用禁止でしたけど。これで食事も持ってきてくれるし、なんかもう、ここに住みたいって感じ(笑)。ただ、翌日には大部屋が空いてリハピリから帰ってきたら引っ越し済みでした。

大部屋は四人部屋。今までの部屋に比べるとパーソナルスペースが1/4くらいで狭いですが、まぁ所謂病室って感じでした。同室の患者2人がいびきの大合唱、もう1人が異常に体温が高い高齢者で入院常連らしく、看護師に色々と要求しててイライラ。室温25℃設定にさせていて部屋自体が高温、それでも寒くて湯たんぽ要求、解熱剤要求と色々。大部屋にはいろんな看護師が出入りするのですが、「この部屋むわっとする」と言ってました。暑がりの自分には非常に辛かったです。

大部屋に入った日の晩、トイレから出たら偶然主治医と遭遇。自分に話があったようで、トイレ前で立ち話(笑)。曰く、翌日の検査もあるけど、土曜日(翌々日)以降に退院可能となると。即最短でお願いしますと言いました。シェーバー持ってきてなくて髭剃り等、色々したかったんですよね。で、翌日の晩に翌日の検査の結果も含めて病状説明と通院の説明しますと言われました。本当は患者本人だけではなく家族等にも説明したかったようですが、聞くのは自分だけです。

翌日の晩、予定よりかなり遅れて病状説明。MRI写真を見ながら説明を受けました。ラクナ梗塞(脳梗塞のうち一番軽症になりやすいもの)で、他の様々な検査の結果何も異状が見られないとのことで、血圧が異様に高いことと血管年齢が実年齢より10~20歳上なことが要因だろうとのこと。再発しやすい病気だが、実は以前にも脳梗塞が発症した形跡が残っている、つまり今回が再発であるとのこと。ここでもしかしてほぼ一年前にあった視野欠損(

視野が欠け始めた? - とむとむのどーでも良い日々

)はそれか?と思いました(伏線回収)。脳内出血も少しあるとのこと。脳梗塞だと血圧下げるのは良くないため、大部屋移動日から処方された降圧剤(アムロジピン)について、3月9日に通院し、血圧を記録して教えてほしいとのことでした。

無事、翌日午前中に退院できました。帰るのが大変でした。まずね、病院がでかすぎて病院からの出口がわからないという(笑)。案内所で説明を聞いて脱出し、グーグルマップで食料等を買い、帰れるバス停探し&バス待ちして、1時間半ほどかかりました。で、最初の記事(

脳梗塞 - とむとむのどーでも良い日々

)を書き出して頓挫したわけです。

現在ですが、特に言われたわけではないのですが、食事に大変気を付けております。今も改善中。体重が入院時より5kg近く減りましたが、その後は減ったり増えたりです。リハビリ用品もいくつか100均で買いそろえようとしたのですが、一か月以上見つけられなかったので、下記に貼ったものをAmazonさんで購入し、現在も使用してます。一度リハビリと買い物兼ねて少し遠くまで散歩しようとして、片道で体力枯渇、頑張ってバス停までなんとか辿り着き帰ってきました。体力低下が著しい…。でも少しはリハビリが功を奏しているのか、触るのもつらかったゲームコントローラーも、最初は触る気が起きないくらいきつかったキーボードマウスも我慢しつつ触れるようになりました。右手の握力は計ってはいませんが、かなり戻っているとは思います。30kgはあるんじゃないかと。でも一番つらかったのは入浴です。洗う時、特に右手自体を洗うときは声が出てしまうくらいの苦痛でした。今は我慢でなんとかなっている感じですかね。病院も、3月9日の通院でアムロジピンの用量が倍増し、その後他の病院を紹介され、今はそちらに通院しています。

という感じで、右腕右脚以外はそれほど問題なく一人暮らしできています。最初はちょっと心配だったですけどね。包丁も使えるし。手すりが無いと階段降りるのあぶなっかしいけど。

ただ、もう長くはないんだろうなという気持ちが大きくなってきました。うちの母親家系、男性は大抵70台前半まで、大抵は60台で亡くなっています。一番早かったのは従兄弟の20台後半です。父も50台でなくなっている(原因は聞いてないけど突然倒れたと聞いているのでもしかして脳卒中かも)し。そろそろ終活しないといけないのかもしれません。

脳梗塞 SCU(脳卒中集中治療室)脱出まで

入院した翌日、ベッド移動しました。自分はベッドで寝たまま移動なので、基本的に天井しか見えまず、位置関係は不明。ただ、エレベーターで移動したので階数が変わったのはわかりました。後から分かったのは、2階から8階に移動したのです。緊急集中治療室から脳卒中集中治療室(SCU)。自分的には所謂「集中治療室」というものを知らなかったことと移動前後であまり室内の環境が変わっていないのもあり、やけにパーソナルスペースが広い大部屋の病院だなぁとか思っていました(笑)。

そして、担当看護師さんの挨拶(朝昼夕で3回交代する)時に部屋の説明を受け、最長2週間で別の病室に移動することなどを知り、自分が「集中治療室」に居ることを知ったのです。軽い症状だったので、そんなところに居るとは思いも知らず。軽いとはいえ脳卒中(脳梗塞は脳卒中の一つ)であり、所謂急性期なのでいつ急変してもおかしくない状況だったわけです。本人はそんなことも考えずに割とお気楽だったわけです。道理で患者個人に担当看護師がついたり移動は車いす必須だったり常に心電図と血中酸素濃度を計られるわけです。

この日の昼から食事が出るようになりました。でもあとは定期的な身体チェックと血圧測定があるだけで、基本的になにもしない。ずっとこれなの?とか思ってましたが、実は経過観察期間であることと、土日休日はリハビリ施設が運用されないためでした。あ、食事はとても美味しかったです。ちゃんとカロリー栄養素塩分を管理しててこれだけ味が出せているのはすごいと思いました。量だけですね、不満なのは(笑)。

3日目からリハビリ開始。リハビリはつらいと良く耳にしてましたからちょっと覚悟していたのですが、拍子抜けするほど簡単。まぁ、一番の理由は自分が軽傷で他の患者さんより若かったからでしょう。上半身と下半身で担当の理学診療士さんが別でしたが、特に上半身担当さんは大抵なんでも褒めてくれました。右腕に痛いほどの痺れが出ているので自分的には不器用で困ってたのですが、曰く担当さんより上手とか言われました。まぁ、細かい作業は得意としてましたからね。上半身は右腕の腕力が極端に落ちていることだけが問題視されていた感じでした。

下半身担当さんはルーチンワークを一通りみて、いきなり歩行訓練させてもらえました。自分で立って何かするのはトイレでの一瞬だけの日が2日も続いていたので少し不安でしたが、特に問題なく。ただ、やはり何か普通には歩けなかったです。翌日は建国記念の日でお休みだったかな?で次の歩行訓練は付き添い無しで初日のコースを5周。難なく終わらせて、おそらくこの後に車いす不要の報告がされていると思います。

実は言語リハビリもあったはずなのですが、一度も受けませんでした。とにかくとっかえひっかえ色んな担当者さんがちょくちょく挨拶に来るので、人覚えの悪い自分は覚えられないと思って半分スルーしてましたから、その中にいたのかもしれません。会話はふつーにベラベラ喋ってましたから(ある看護師さんから「ハキハキ喋りますね」と言われたほど)、言語リハビリは不要との判断がされたとあとから言われました。

あとは検査ばかりの日々でした。車いす→付き添い必須→(集中治療)室内歩行可ととんとんと進みました。付き添い必須までがちょっと辛かったかも。トイレ行くのにいちいちナースコールして…でしたからね。それまでは歯磨きもベッド上で行うのでやっぱりナースコールして用意してもらってという感じで、煩わしかったです。ただ、自分以外でSCUを一人で歩いている患者さんは終ぞ見ませんでした。

シャワーはSCUに入って一週間後だったかに、こちらから確認して入れました。出たときに別の看護師さんが対応してくれたのですが、何号室ですかと聞かれて番号を伝えたのですがきょとんされていて、経路を説明したら「ああ、S(CU)の人ですか」と言われました。考えたら、介助不要でシャワーに入るのを許可されるSCUの患者なんて少数ですからね。少なくとも自分以外の人をやはり見ていません。シャワー室はSCUの外でしたし。

こんな感じで、なんか個人的には必要としていない身の回りを世話してくれる大勢の人に「甘やかされて」生活していた感じでした。ちょっと看護師さんたちと会話したこととか完全に共有されていたらしく、いつの間にかゲーム好きでコンピューターに詳しい人扱いされてました(笑)。VRについては理学療法士の方とゲーム好きと言っていた看護師さんの食いつきがすごかったです(笑)。

ふう、やっぱり打鍵はちょっと厳しいなぁ。タイプミス多すぎ。リハビリがつらいのはリハビリ自体ではなく継続することだと思いました。もちろんリハビリ自体がツラい方の方が多いでしょうけど。毎日打鍵しろと言われたら挫けるかも…。

脳梗塞 入院まで

前回の脳梗塞記事から2か月近く経ちましたが、リハビリを兼ねて詳細を書いていきます。

発症日は2月4日。正確な時間はわからないのですが、お昼過ぎ(多分14~15時頃)に右腕が肩から指先まで軽く痺れていることに気づきました。確かその時はYouTubeで動画を見ていたはず。暫く腕を動かさなかったから気づかなかったのです。んで、態勢が悪かったのかなと思って少し体を動かしてそのまま動画を視聴してました。

一時間後くらい?してから痺れが解消していないことに気づきました。この時点で「あ、まずいかも?」と思ったわけですが、自分が知ってる脳卒中(脳梗塞は脳卒中の一つ)とはちょっと様子が違います。てなわけで、様子見に入ったわけです(判断ミス)。

翌日5日、起床したら右腕の痺れが強くなっており、さらに右脚も全体的に軽く痺れていました。壁に手をつかないと歩けず、浄水ポッドが重くてちゃんと持てない。これは流石に何か異変が起きていると判断。個人で色々調べました。これがまぁ、原因としては様々なものがありまして。その中で、一番可能性が高いのが、首の疾患。自分は昔からベッドで横になりつつ機器(ノートパソコンとか)を胸の上に置いて操作する方式(ラッコスタイルと呼んでいる)で、枕を2個置いて首を無理やり立てており、首に負担がかかっていたのです。自分の知ってる脳卒中ではない可能性が高いと思って(この時点で正常性バイアスがかかってると自分で気づいてたけど)、とりあえず入院する可能性を考慮してお風呂に入りました(笑)。で、お風呂から出たら眠くなって面倒になっちゃったんですよねぇ。具体的にどの科にかかれば良いかとかその病院にどうやって行けば良いか調べるのが面倒だと。てなわけでスルーしちゃいました。

翌6日。5日とあまり変化なし。異変はあれど、なんとか生活はできる状態。でも放置はまずい状態。救急車はタクシーじゃないと熱心にアピールされている昨今、自分で行くべきだと思ったのですが、どの病院に行くべきか判断がつきませんでした。そこで、救急相談センター(#7119)を思い出しました。ここで救急車を呼べと言われたら胸張って呼べるし、違っても受診すべき科の相談ができるはず。

意を決して救急相談センターに電話。ちょっとぶっきらぼうな感じの女性が担当になり、症状(右腕右脚の痺れ)を簡単に説明。この時点で即救急車呼べと言われました(笑)。てっきり何科を受診してくださいと言われると思っていたので、ちょっとショック。入院の可能性もあるはずだし、身支度を整えて、念のため実家に電話。そして救急車を呼びました。

救急車を出迎える患者本人(笑)。しかし、自分で思う以上に普通には歩けていないようで、介助されながら救急車に乗り込み症状の説明やらなんやらで、出発するまで20分くらいかかったはずです。病院の候補は定まったのですが、空き病床がなく、診察して帰宅することになるけど良いかと聞き、逆に安心。

病院に着いたので降りようと思ったら、ストレッチャーに乗ったまま移動。救急医療チームの診察を色々受けました。どうやら救急医療チームも判断に迷ったようです。8割方首だろうと話し合ってる声が。で、首のMRIを受けることになりました。

首のMRIの結果が出るまで、患者待機所(簡易的な病室)みたいなところでベッド上で待機。すごく待たされたのですが、さっと救急医療チームの一人が来て、どこにも異常が見当たらないので、頭(脳)のMRIを撮ることに。

午後8時頃、さっきの救急医療チームの一人が来て、「脳梗塞が見つかりました」と一言だけ告げて去っていきました(笑)。ガーン。暫くして女性看護師が来て、入院手続き。アレ?入院はなかったはずでは…(泣)。あと、多分生理食塩水の点滴開始。

このときから自分で立つのは禁止。トイレは尿瓶だと言われましたがそれは嫌だと頑なに拒否。なんでも、車いすさえも慣れないと転ぶ人が少なくないそうで。そもそも歩けるのに大げさだなぁと思いつつ、車いすでトイレに連れて行ってもらいました。

トイレから戻ると、救急医療チームではない先生がいて、病状説明。暫く後、入院病床へ移動。これがね、とんでもなくうるさい場所。後から知ったのですが、初日に入ったのは救急集中治療室という場所。本当に空き病床が無くて、とりあえずここに無理やり場所を作ったみたいです。引っ切り無しにナースコールとか機器の音、患者と思われるおっさんの怒号、なんか隣でかなりの人数が何かしている…。このときはほとんど眠れませんでした。

という感じで、入院初日はかなり慌ただしかったです。本人は待ち時間だらけでしたけどね。

一言で脳梗塞と言っても、症状は千差万別。無症状から死に至るまで色々です。再発も多い。後から知るのですが、実は自分は2回目の脳梗塞だったようです。じゃあ初回は無症状だったのかというと…(伏線)。急性期に該当するので一概には言えないのですが、まぁ、少なくともこの時点で命に別状はなく、後遺症は残るけど症状としてはかなり軽い部類でした。

ヨシ、タイプミス連発で一時間以上かかったけど、なんとか我慢してこれだけの文章をタイプできました。あんまり進まないけどリハビリ効果はあるみたいです。前回のときはなるべく右手を使わないようにしてましたからね。ちょっと満足です。

スポンサーリンク